外郎売り(ういろううり)

拙者親方(せっしゃおやかた)と申(もう)すは、 御立合(おたちあい)にも先達(せんだっ)て 御存(ごぞん)じのお方(かた)もござりましょ、 お江戸(えど)を立(た)って 二十里上方(にじゅうりかみがた)、相州小田原(そうしゅうおだわら) いっしき町(まち)をお過(す)ぎなされて、 青物町(あおものちょう)を登りへお出でなさるれば、 欄干橋虎屋藤右衛門(らんかんばしとらやとうえもん)、唯今はは 剃髪(ていはつ)いたして円斎竹しげと名のりまする、 元朝(がんちょう)より大晦(おおつごもり)まで 各々様(おのおのさま)のお手に入れまするは此(こ)の 透頂香(とうちんこう)と申す薬、昔ちんの国の唐人(とうじん) ういろうと申すもの我朝(わがちょう)へ来たり、此の名方(みょうほう) を調合いたし持薬(じやく)に用いてござる、神仙不思議(しんせんふしぎ) の妙薬(みょうやく)、時の帝より叡聞(えいぶん)に達し 御所望遊(ごしょもうあそ)ばされしに、ういろう即(すなわ)ち 参内(さんだい)の折から件ん(くだん)の薬を深く 秘(ひ)して冠(かんむり」)の内(うち) に秘め(こめ)おき、持ちふる時は一粒づつ冠のすきまより取り出す、よって帝より 其の名(そのな)を透頂香と賜(たまわ)る、 即(すなわ)ち文字にも頂(いただき)に透く香りと書いて透頂香と申す、 唯今は此の薬殊(こと)の外ひろまり、透頂香といふ名は御意(ぎょい) なされず、世上一統(せじょういっとう)にただういろうういろうとお呼びなさるる、 慮外(りょがい)ながら在鎌倉(ざいかまくら)のお大名様方、 御参勤御発足(ごさんきんごほっそく)の折からお駕籠(かご)をとめられ、 此の薬何十貫文(なんじゅっかんもん)とお買ひなされ下されまする、 若し(もし)お立の内にも熱海か塔ノ沢へ湯治にお出でなさるるか、又は伊勢へ 御参宮(ごさんぐう)の時分(じぶん)は、 必ず門違(かどちが)ひをなされますな、お下りなされば左、お上りなされば右の方、 町人でござれども、屋づくりは八方が八つ棟(やつむね)、 おもてが三つ棟玉堂(みつむねぎょくどう)づくり、破風(はふ) には菊に桐のたうの御紋(ごもん)を御赦免(ごしゃめん)あって、 系図正しき薬でござる、近年は此の薬やれ売れるはやるとあって、方々に看板を出し、小田原の炭俵のほんだはらのさんだはらのと 名付け、ほうろくにて甘茶をねり、それに鍋すみを加へ、或(ある)ひはういなんういせつういきゃう などと似たるを申せども、平仮名を以てういろうと致(いた)したは 親方円斎(おやかたえんさい)ばかり、見世(みせ)は昼夜の商ひ、 暮れて四つまで四方(しほう)に銅行灯(どうあんどん)を立て、 若い者共入替り立替り御手(おて)に入れます、尤も(もっとも) 値段は一粒一せん百粒百銭、たとひ何百貫お買ひなされても、いっかな負けも添えも致しませぬ、さりながら 振舞(ふるま)ひまするは百粒二百粒でも厭ひ(いとい)は致さぬ、 最前(さいぜん)から薬の効験(こうけん)ばかり申しても、 御存じののない方には胡椒(こしょう)の丸呑(まるのみ)、 白川夜船(しらかわよふね)、さらば半粒づつ振舞ほませう、ご遠慮なしにお手を出して、 摘(つま)んで御覧(ごろう)じませい、第一が男一統(おとこいっとう) の早気付、船の酔酒(よいざけ)の二日酔いをさます、魚鳥木(ぎょちょうき) のこ麺類の食ひ合わせ、其の外(そのほか)(たん)を切りて声を 大音(だいおん)に出す、六ちん八進十六ぺん、製法細末(せいほうさいまつ) をあやまたず、かんれいうんの三つを考え、うんぱうの補薬御口中(ほうやくおんこうちゅう) に入って朝日に霜の消ゆる如く、しみしみとなって能き(よき)匂ひを保つ、 鼻紙の間に御入れなされては五両十両でお買ひなされた匂ひ袋や掛香(かけこう)の替わりが 仕る(つかまつる)、先(ま)づ一粒上がって 御覧(ごろう)じませい、口の内の涼しさが格別な物、薫風(くんぷう) のんどより来たり口中微涼(こうちゅうびりょう)を生(しょう)ず、 さるによって舌のまはる事は銭独楽(ぜにごま)がはだしで逃げる、 どのやうなむつかしい事でもさっぱりと言うてのけるは此の薬の奇妙、証拠のない商ひはなりぬ、 さらば一粒喰べかけて其の気味合をお目にかけう、ひょっと舌が廻(まわ)り出すと矢も楯もたまらぬ、 サアあはやのど、さたらな舌にかきはとて、はなの二つは唇の軽重(けいじゅう)かいこう爽やかに、 うくすつぬほもよろを、あかさたなはまやらわ、いっぺきぺきにへぎほしはじかみ盆まめぼん米ぼん 牛蒡(ごぼう)、摘蓼(つみたで)つみ豆つみ 山椒(さんしょう)、書写山(しょしゃざん)のじゃそう中、 こごめの生がみ生がみらんこ米のこなまがみ、繻子(しゅす)しゅす非繻子繻子繻珍、 親も嘉兵衛(かへえ)、親嘉兵衛子嘉兵衛親嘉兵衛、古栗の木のふる切り口、 雨合羽(あまがっぱ)かばん合羽、貴様の脚絆(きゃはん)も革脚絆、 我等(われら)が脚絆も革脚絆、しっかり袴(はかま)のしっぽころびを、 三針(みはり)なりなかにちょと縫うて、縫うてちょとぶん出せ、 河原撫子野石竹(かわらなでしこのぜきちく)、のら如来のら如来、みのら如来にむのら如来、 一寸(ちょっと)お小仏におけつまづきやるな細溝(ほそどぶ) にどぢょにょろり、京のなま鱈奈良なままな鰹(がつお)、ちょっと 四五貫目(しごかんめ)、お茶たちよ茶たちよ、ちゃっと立ちよ、茶たちよ、 青竹茶煎(あおだけちゃせん)でお茶ちゃと立ちや、くるわくるわ何が来る、 高野(こうや)の山のおこけら小僧狸百ぴき箸百ぜん、天目(てんもく) 百ぱい棒八百ぽん、武具馬具武具馬具(ぶぐばぐぶぐばぐ)三ぶぐばぐ、 合わせて武具馬具六ぶぐばぐ、菊、栗、きく、くり、三菊栗、合わせて菊、栗、六菊栗、麦、ごみ、むぎ、ごみ、 三むぎごみ、合わせてむぎ、ごみ、六むぎごみ。あの長押(なげし)の長なぎなたは 誰が(たが)なぎなたぞ、向こうのごまがらはいぬごまがらか真ごまがらか、 あれこそほんの真ごまがら、がらがらぴいぴい風ぐるま、おきやがりこぼしこぼしゆんべもこぼして又こぼした、 たぷぽぽ、たたぷぽぽ、ちりからからつたつぽ、たぽたぽひだこ落ちたら煮て喰はう、煮ても焼いても喰はれぬものが、 五徳鉄(ごとくてつ)きうかな熊童子に石熊いし持、とら熊とら鰒 中にも東寺(とうじ)の羅生門には茨城童子(いばらぎどうじ)が、 うで栗五合(ごごう)、つかんでおむしゃるかの頼光(らいこう)の 膝元(ひざもと)さらずに、鮒きんかん椎茸定めて御段はそば切りうどんかくどんな 小新発知(こしんぱち)、小棚のこしたに小桶にこみそがこあらず、 こほどに小杓子(こしゃくし)こもってこすくてこよせ、おっと合点だ、 心得たんぼの川崎神奈川、程ヶ谷(ほどがや)はしってどっかへ行けば、 やいとをすりむく三里ばかりか藤沢平塚、大磯がしや小磯の宿を、七つ起きして早天さうさう、相州小田原透頂香、 かくれござらぬ御ういろう若男女貴賤群集(じゃくなんにょきせんぐんしゅう)の花の お江戸の花うい郎、あの花を見て心をおやはらぎゃっと云ふ、産子這子(うぶごはうこ)に至るまで、 此のういろうのご評判、御存じないとは云はれまい、まひまひつぶり角出せ棒出せぼうぼう眉に、 臼杵摺鉢(うすきねすりばち)ばちばち、どろどろどろぐわらぐわらぐわらと 羽目(はめ)をはづして今日(こんにち)お出での方々さまへ、 売らねばならぬ上げねばならぬと、いきせい引ぱり薬の本じめ、薬師如来も照覧(しょうらん) あれと、ほほう敬ってうい郎は入らっしゃりませぬか
振り仮名ナシ版

拙者親方と申すは、御立合にも先達て御存じのお方もござりましょ、お江戸を立って二十里上方、 相州小田原いっしき町をお過ぎなされて、青物町を登りへお出でなさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、 唯今はは剃髪いたして円斎竹しげと名のりまする、元朝より大晦まで各々様のお手に入れまするは此の透頂香と申す薬、 昔ちんの国の唐人ういろうと申すもの我朝へ来たり、此の名方を調合いたし持薬に用いてござる、 神仙不思議の妙薬、時の帝より叡聞に達し御所望遊ばされしに、 ういろう即ち参内の折から件んの薬を深く秘して冠の内に秘めおき、 持ちふる時は一粒づつ冠のすきまより取り出す、よって帝より其の名を透頂香と賜る、 即ち文字にも頂に透く香りと書いて透頂香と申す、唯今は此の薬殊の外ひろまり、透頂香といふ名は御意なされず、 世上一統にただういろうういろうとお呼びなさるる、慮外ながら在鎌倉のお大名様方、 御参勤御発足の折からお駕籠をとめられ、此の薬何十貫文とお買ひなされ下されまする、 若しお立の内にも熱海か塔ノ沢へ湯治にお出でなさるるか、又は伊勢へ御参宮の時分は、 必ず門違ひをなされますな、お下りなされば左、お上りなされば右の方、町人でござれども、屋づくりは八方が八棟、 おもてが三つ棟玉堂づくり、破風には菊に桐のたうの御紋を御赦免あって、系図正しき薬でござる、 近年は此の薬やれ売れるはやるとあって、方々に看板を出し、小田原の炭俵のほんだはらのさんだはらのと名付け、 ほうろくにて甘茶をねり、それに鍋すみを加へ、或ひはういなんういせつういきゃうなどと似たるを申せども、 平仮名を以てういろうと致したは親方円斎ばかり、見世は昼夜の商ひ、暮れて四つまで四方に銅行灯を立て、 若い者共入替り立替り御手に入れます、尤も値段は一粒一せん百粒百銭、たとひ何百貫お買ひなされても、 いっかな負けも添えも致しませぬ、さりながら振舞ひまするは百粒二百粒でも厭ひは致さぬ、 最前から薬の効験ばかり申しても、御存じののない方には胡椒の丸呑、白川夜船、 さらば半粒づつ振舞ほませう、ご遠慮なしにお手を出して、摘んで御覧じませい、第一が男一統の早気付、 船の酔酒の二日酔いをさます、魚鳥木のこ麺類の食ひ合わせ、其の外痰を切りて声を大音に出す、 六ちん八進十六ぺん、製法細末をあやまたず、かんれいうんの三つを考え、 うんぱうの補薬御口中に入って朝日に霜の消ゆる如く、 しみしみとなって能き匂ひを保つ、 鼻紙の間に御入れなされては五両十両でお買ひなされた匂ひ袋や掛香のの替わりが仕る、 先づ一粒上がって御覧じませい、口の内の涼しさが格別な物、 薫風のんどより来たり口中微涼を生ず、さるによって舌のまはる事は銭独楽がはだしで逃げる、 どのやうなむつかしい事でもさっぱりと言うてのけるは此の薬の奇妙、証拠のない商ひはなりぬ、 さらば一粒喰べかけて其の気味合をお目にかけう、ひょっと舌が廻り出すと矢も楯もたまらぬ、 サアあはやのど、さたらな舌にかきはとて、はなの二つは唇の軽重かいこう爽やかに、 うくすつぬほもよろを、あかさたなはまやらわ、いっぺきぺきにへぎほしはじかみ盆まめぼん米ぼん牛蒡、 摘蓼つみ豆つみ山椒、書写山のじゃそう中、こごめの生がみ生がみらんこ米のこなまがみ、 繻子しゅす非繻子繻子繻珍、親も嘉兵衛、親嘉兵衛子嘉兵衛親嘉兵衛、古栗の木のふる切り口、 雨合羽かばん合羽、貴様の脚絆も革脚絆、我等が脚絆も革脚絆、 しっかり袴のしっぽころびを、三針なりなかにちょと縫うて、縫うてちょとぶん出せ、 河原撫子野石竹、のら如来のら如来、みのら如来にむのら如来、 一寸お小仏におけつまづきやるな細溝にどぢょにょろり、京のなま鱈奈良なままな鰹、 ちょっと四五貫目、お茶たちよ茶たちよ、ちゃっと立ちよ、茶たちよ、青竹茶煎でお茶ちゃと立ちや、 くるわくるわ何が来る、高野の山のおこけら小僧狸百ぴき箸百ぜん、天目百ぱい棒八百ぽん、武具馬具武具馬具三ぶぐばぐ、 合わせて武具馬具六ぶぐばぐ、菊、栗、きく、くり、三菊栗、合わせて菊、栗、六菊栗、麦、ごみ、むぎ、ごみ、 三むぎごみ、合わせてむぎ、ごみ、六むぎごみ。あの長押の長なぎなたは誰がなぎなたぞ、 向こうのごまがらはいぬごまがらか真ごまがらか、あれこそほんの真ごまがら、がらがらぴいぴい風ぐるま、 おきやがりこぼしこぼしゆんべもこぼして又こぼした、たぷぽぽ、たたぷぽぽ、ちりからからつたつぽ、 たぽたぽひだこ落ちたら煮て喰はう、煮ても焼いても喰はれぬものが、五徳鉄きうかな熊童子に石熊いし持、 とら熊とら鰒中にも東寺の羅生門には茨城童子が、 うで栗五合、つかんでおむしゃるかの頼光の膝元さらずに、 鮒きんかん椎茸定めて御段はそば切りうどんかくどんな小新発知こしんぱち、小棚のこしたに小桶にこみそがこあらず、 こほどに小杓子こもってこすくてこよせ、おっと合点だ、心得たんぼの川崎神奈川、 程ヶ谷はしってどっかへ行けば、やいとをすりむく三里ばかりか藤沢平塚、大磯がしや小磯の宿を、 七つ起きして早天さうさう、相州小田原透頂香、かくれござらぬ御ういろう若男女貴賤群集の花のお江戸の花うい郎、 あの花を見て心をおやはらぎゃっと云ふ、産子這子に至るまで、此のういろうのご評判、 御存じないとは云はれまい、まひまひつぶり角出せ棒出せぼうぼう眉に、臼杵摺鉢ばちばち、 どろどろどろぐわらぐわらぐわらと羽目をはづして今日お出での方々さまへ、売らねばならぬ上げねばならぬと、 いきせい引ぱり薬の本じめ、薬師如来も照覧あれと、ほほう敬ってうい郎は入らっしゃりませぬか

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